TOG デザートバナナの木の下で


(これは蜃気楼だろうか?)





 僕は、ストラタ砂漠のど真ん中で、ありえない者を見つけて、思考停止したまま立ち尽くしていた。

 ―――シェリアに言わせれば「しんっじられない!」といった心境で、彼女を見ていた。





「あ、弟くん! 久しぶり〜」





 砂漠のど真ん中に生えるデザートバナナの木の下に、雪国に帰ったはずのパスカルさんを見つけたのだ。




















「あ、あなた、こんなところにいて大丈夫なんですか……」



 バナナの木の幹に体を預けて笑っていたパスカルさんに、初めにかけた言葉がこれだった。
 あの旅の途中、幾度か皆に「優しいね」とか言われていたりしたが―――最近は自らも少しは自覚するようになった。要するに自分は多少なりとも心配性なのだ。
 パスカルさんは確か、暑い所に来ると声がでないほど干からびるのではなかったっけ……。
 そう思うが先か無意識だったのか、とにかく僕は木の影に入りながら、割とぺらぺら喋ってへらへら笑っているパスカルさんにそう言ったのだが、影に入った辺りで足先に何かがこつん、とぶつかった。



「うん、水を常にたくさん飲んでいることにしたんだ。直射日光避けマントも被ってるよ」



 蹴り倒さないでよ〜と言われて蹴ってしまった物を確認すると、砂漠の旅に必要そうな荷物の他に、結構大きなボトルがボーリングのピンよろしく幾本も直立してパスカルさんを囲んでいた、そのうちの1本を倒してしまったらしい。中から零れた水であろう液体が砂漠の乾ききった土に染み込んで、けれどすぐに跡も形もなくなった。
 ……マント?マントなんて被ってないじゃないですか。
 よくよく見れば布と思われるものをパスカルさんが敷いて座っている。砂地に座るのが気になってマントを敷いたのか? いやパスカルさんに限ってそれは有り得なさすぎる、敷いたというより、多分座った時に踏んづけて引っ張ってしまって羽織っていたのが取れて―――という成り行きでこうなったような気がする。


 マントはきちんと被ってないと意味ないですよ、そう言いながら僕はとうとう彼女の隣に腰を下ろした。



「あっ、同じ影に入られると距離が近い、暑いよ」

「え、ああ、すみません」



 他の旅人も訪れれば木陰に入りたがるだろうに、一人ひとつなんて占領していいのだろうか…。
 デザートバナナの葉は数人が入れそうなほど大きいので、余計に気になる。

 しかし今はとりあえず人は自分達の他にいないので、ひとつ隣の影へ移る。



「弟くんは何でこんなところに来たの?」



 それはこっちが聞きたいくらいです。

 ……と言いたいのは山々だが、質問に質問で返すのは感心しないとどこかの軍人(?)が言い残しているそうだし、では先に質問された以上、この質問の答えを返してから聞いた方がいいのだろう、きっと。
 背負ったままの荷物を下ろしながら答えた。



「僕は……大統領の命でセイブル・イゾレへ行くところです」

「おっ、使いっ走りってことだね」

「……まあ、端的に言うと確かに、お使いですね」



 特に僕は気軽に使われるから軽くいい迷惑だ。視察が好きなら自ら出向けばいいのに。
 しかし、そんな物言いが出来る出来ないの問題ではなく、大統領自身が抱えている問題が多すぎて、手がまわっていないのが現状であるから、身分がなんだろうが文句も言えない。
 ……ちなみに、何故徒歩なのかと言われれば、亀車を運悪く逃してしまったからである。まあ運というより、急に頼んだ大統領の所為であるとも言える。大方、僕なら一人でも砂漠越えくらいできるだろう、なんて考えでよく僕を使っているのだろう……。本当にいい迷惑だ。出来る=楽勝というわけでは全然ないのに。



 さて、次は僕の番です。




「パスカルさんはどうしてここに? フェンデルで大紅蓮石(フォルブランニル)の活用法草案を出したというのは既に聞いていますが……」




 先日、マリク教官と顔をあわせたばかりである。
 なんでもフェンデル全土にパイプを引き、大紅蓮石で温めたお湯を流すのだそうだ。軍事転用などもなさそうだし、パスカルさんらしくていい案だと思った。そういう案はどんな時に浮かぶのか不思議で仕方がない。
 工事も教官が進めるということで、フェンデルを誰よりも思いやるふたりが作るのだから良くできるに違いない、、国民はそのうち歓喜の声に包まれるだろうなと安心したものだ。



 そしてきちんと、質問の答えは返ってきたのだが。





「あたし? ここのバナナをもぎ取りに来たんだけど」








 ………シェリア、僕も信じられないです。

 本当に、唖然とするしかなかった。
 確かにデザートバナナは国内は勿論、他国でも評判は良いらしく、甘味は少ないが型崩れしにくく料理に向いているという事で、世界各地で様々な料理に使われている。
 しかし……わざわざもぎたてを食べに来る人って。しかも暑がりなのに。

 呆気にとられている間に、パスカルさんはというと「おなかすいたな〜」と呟きながらカバンから何か道具――取っ手とアームが、何箇所も交差させたたくさんの棒で連結されていた――を取り出して、それを天に向けていた。パスカルさんが取っ手を片手で閉めるように握ると、交差した棒が直線に近くなって先のアームがへ上へと伸びていく。アームもだんだん閉まっていき、閉じる頃に高い木に生ったバナナの所に辿りつき、バナナを挟み込んだ。ぷちっという音がした後、取っ手を開くと、アームも開いて、先ほどの音でもぎ取れたらしいバナナがひと房、パスカルさんの膝の上に落ちてきたので、彼女はそれを空いていた手でキャッチした。

 「マジックハンドって言うんだよ」と、パスカルさんは笑いながら取れたてのひとつ目を剥いている。

 僕はまだ呆れていて、ぼーっとしていて、一連の動作もなんとなく見てたし、バナナを頬張る幸せ満面の笑みを浮かべたパスカルさんの事もなんとなく眺めていた。




「……た、ただそれだけの為に、こんな所まで来たんですかっ!?」




 言いたいことがやっと言葉になって、意外と大きな声で飛び出した。
 早くも2本目を剥き始めていた手を止めて、パスカルさんがこちらを向く。
 今まで、文字通り常に、ボトルから水を補給していたのだが、それでも彼女の頬は少し赤くなっていた。

 ―――ああもう、まだ言いたいことがあったような、呆れてもいるし心配でもあるしなんだかそんな自分が恥ずかしいような気がするし、とにかく頬が熱くなってきたらしい。僕の顔もきっと、砂漠の熱の所為ではないけど、赤くなっていることだろう。
 落ち着け自分、と心の中で唱えながら荷物の中から水筒を出して水を飲む。






「あっ、あの……バナナくらい、僕が産地直送でいくらでも送ってあげますから!」






 だから、暑がりのあなたがこうして現地に来て干からびる心配なんかしてないで……

 ―――いや、なんだか言いたいことがまとまらなかったのでここまででとりあえず台詞を切った。
 やはり思う、僕は心配性で、そんなどこか女々しい自分を認めたくない気持ちがあるんだ、と。


 ふと気づくと、なんだかパスカルさんが、感動の眼差しでこちらを見ている。
 赤い頬が、気分の高揚でさらに赤くなったようだった。






「えっ、ホント? ほんと〜〜に? 埋もれられるくらい送ってくれる?」

「そ、そこまで欲しいんですか……。まあ野生で生えているのがこれくらいなだけで、砂漠(ストラタ)でしか育ちませんからね、実際輸出品として栽培しているものもある筈ですし。僕の名義で買って、そのまま送ってあげますよ」

「キャッホ〜ゥ! ありがと、弟くん!!」






 奇声を上げたり、挙句にその場で踊りだす始末に、僕ははぁと無意識にため息をついてしまった。
 さすがに全額負担は重いから、少しは……出来れば自主的に、払ってくれないだろうか……。
 しかし、そんな事、幸せ絶頂らしい彼女に聞く気はこれっぽっちも起きてこなかった。





(まあ、いいか)



 あまつさえ微笑まで浮かんできたが、嬉しいのか可笑しいのか嘲笑か、自分でも分からなかった。



















「そこで涼んでるお客さ〜ん」



 少し遠くから声がかかったので、ふたりで振り返ると、相変わらずくっついてるのか背負っているのかわからない大きな甲羅を被ったかめにんが、こちらを伺いながら、さらに離れた所に止まっている亀車を指していた。



「そろそろセイブル・イゾレを経由してオル・レイユに向かう亀車が出るっすよ。乗るっすか?」



 偶然、相談するように顔を見合わせた。
 ―――――しかしそこはパスカルさんというべきか、



「あっ、じゃああたしオル・レイユから帰るからさ! 途中まで一緒にいこっ」



 反論を言う暇も、考える暇も与えずに、荷物ごとずるずると僕を引きずって亀車に乗り込んでしまった。
 相客がいたらこの構図はなんとなく恥ずかしいな、と思っていたが、亀車の中は自分達二人だけ。パスカルさんが言う所の、「貸切」だった。
 (後に「お客さんが欲しいなと思って、引き込みに来たんっす」とかめにんが言っていた。)








「いや〜これからはタダで楽して、たらふくバナナが食べられるのかぁ〜夢が広がるな〜」

「あ、そうです、少しは払ってくれないと、僕の経済力にだって限界がですね……」

「バナナパイ1か月分? ん〜3食デザートにチョコバナナがくっついてくるのもいいな〜」

「だからですね、お金……」

「いやいや、ここはやっぱりたくさんある材料を新料理開発に使うべきか」

「パスカルさ……」

「というわけでまずは50房くらい欲しいな」

「一度に頼む量も考えてくださいっ!! 雪国だからってさすがに腐るでしょう!」










 直射日光も当たらず、風通しがよく、パスカルさんも干からびることのない、

 外よりはずっと快適な亀車の中。







 どうやら僕はしばらく、ここでパスカルさんのバナナまみれの妄想に付き合わなければならないようだ。








ED後、お互いにつかの間の休息ヒュ+パス。
ディスカバリー主軸の小説書きたい+かめにん喋らせたい=これ。
ディスカバリー=バナナを思い浮かべて、バナナと言えばパスカルだな、バナナはストラタに生えてるな。
そんな成り行きだったので狙ってヒュ+パスになったわけではありませぬ。多分。
最初あまりに長くなったので修正しつつ書き直し(=リメイク)したら、逆に展開が速くなりました。