TOG 出来ること


 懐かしい日々を思い出しては、涙ばかり流していた。




 どうしてソフィは死ななければならなかったの?

 どうしてヒューバートが養子に出されなければならなかったの?


 どうしてアスベルは、私を独りぼっちにしていったの……?



(会いたい。)



 みんなに。
 リチャードに、ヒューバートに、ソフィに、……アスベルに。



(でも………)







 そうしてまた1枚、書いた手紙をくしゃりと丸めて捨てた。




















(あれから、……どれくらい経ってしまったのかしら)


 そっと呟いてみたことの答えを、私は知っていた。
 ……信じたくないだけで。

 あれから、…あれから、誰からも、何の音沙汰もない。

 そりゃあ、王子様は立場もあるし、そんなに暇じゃないだろうし…
 他国(しかも仲がいいというわけではない)から手紙を出すのは、ちょっと難しいかもしれないし…

 でも。



(アスベルは……、近況報告くらいしてくれてもいいんじゃないかしら!)



 私のお願いを無視して行ったんだから!
 勝手に、置いていったんだから……!

 それくらいの義務を背負ってもいいんじゃないかな。
 ……とか、思ってみたりもしたけれど。
 その度に、彼があまり筆まめな方ではないのを思い出す。



……ああ、ダメだわ!



 やっぱり書く勇気が出ない。
 離すまいとしていた紙とペンを、結局諦めて引き出しの中にしまった。

 アスベルが手紙を出してくれないなら、私の方から…
 ―――顔を見せにくらい、来てほしい。
 …なんて、書いたら、アスベルは戻ってきてくれるかしら。

 そんなことを考えながら、ここ数日、手紙を書こうと机に向かい続けた。


 でも。



(返事が来なかったら、………どうしよう)



 どうしたらいいか、わからなくなってしまいそう……。

 そんな恐ればかりが大きくなって、結局ゴミ箱に紙くずが溜まるだけで終わってしまった。



(こんなに寂しくて、だからアスベルに傍にいてほしいのに……返事が来なかったら……)



 本当に、捨てられたように思えてしまうから。







―――――――――*―――――――――


「おじいちゃん、無理しちゃダメよ」



 ここのところ、ラント家はなんだか慌しい。

 フェンデルとの国境紛争は日々激しくなるばかり。
 アストン様も、ここ数日…疲れたような表情しかなさっていない。
 作戦などもすべてアストン様がお考えになっているのに、あの方は最前線に立つことも譲ろうとはしない。



(アスベルが手伝ってくれれば……)



 一瞬頭をかすめた思いを、大きくかぶりを振って否定する。
 ―――あんな自分勝手な奴のことなんて、頼りにしないんだから!
 ……こんな日々を過ごすうちに、アスベルへの苛立ちが募っていく。
 親不孝で、自分勝手で、自己中心的な、………。



「私も手伝うわ」

「いや、まだ孫娘に手伝ってもらうほど、年老いてはおらんよ」



 ……もう、またこればっかり。

 私の病気は7年前にすっかり治ってしまったというのに、おじいちゃんは私に仕事を手伝わせてくれない。
 今も、運びやすいよう箱にまとめられた荷物を、邸内も人手が足りないから一人で運ぶ、と言い張っている。
 病気が治ったとしても心配だから、なんて、おじいちゃんは言うけれど……。



(私だって、ラントに仕える者として、……)



 そのとき、大きな音と共におじいちゃんが倒れこんだ。



「……えっ! おじいちゃん!?」



 床には、落とした所為で荷物の中身――軍事の物資や、報告書の束などだった――が散らばっている。
 何か、病気でも患っていたのかしら!?
 そう思って見ると、うずくまるおじいちゃんは、腰の辺りを幾度もさすっていた……。



(なんだ。ぎっくり腰か……)



 ……だから私も手伝うって言ったのに。

 一緒に腰をさすってやりながら、なんだかやりきれない思いが私の中に渦巻いていた。




(もう働かなくてもいいような歳なのに、おじいちゃんは頑張っている……)



 私にも、何か出来ることはないのかな。

 ラント家にお仕えする者としてはまだまだ未熟。
 戦場に立つことも出来ないし、
 こうやって、家族の助けにもなってやれない……



 私には……出来ることは何もないの?




 その思いが胸に浮かんだとき、……ふと懐かしい景色が見えた。








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「ごほっ……ごほっ……」



 突然痛む胸、止まらなくなる咳。
 ―――まだ私の体に、生まれつきの病が宿っている頃だった。

 アスベルに、裏山の花畑へ連れてってもらう約束を反故にされた怒りをぶつけに行った帰りだった。
 彼が連れ帰ってきた見知らぬ少女の身元を調べるために、アスベルの家にいたおじいちゃんに聞きに行ったのだけど、……その時、突然発作が出て、まだ日の高いうちに家に連れ戻されてしまったのだ。



「はぁ……はぁ……ごほっ!」



 私を家の前まで連れ帰ったあと、まだ仕事の残っているおじいちゃんとケリー様はお屋敷に帰っていった。
 家のドアに手をかけたら、まだ収まりきっていなかった咳が再び出てきて、私は立ち止まって、体をくの字に折り曲げた。
 ―――ケリー様は、もう私とアスベルを遊ばせない、と仰っていたけど……。



(私は……たまに発作が出るだけで、大丈夫なのに……)

「シェリア、寝てなくていいのか?」



 呼ばれた名前にふと顔を上げると、アスベルとヒューバート、それにさっきの女の子が来ていた。
 みんな、心配そうに私の顔を覗き込んでいる……。



「あ、アスベル……。平気、こんなの……、たいした事な……」



 強がってそこまで言って、またゴホッ、ケホッ、と咳き込んだ。
 慌ててヒューバートが、「大丈夫?」と声をかけながら、曲げた背中をさすりにきてくれる。
 ……その様子を見ながら、見知らぬ少女は首を傾げていた。



「……シェリア、どこか悪いの?」

「え……あ、うん……」



 彼女の心配するような様子に、私は少し戸惑ったものだった。
 見ず知らずの子にこんなことを話すのも気が引けたけど、さっき花もくれたし……。



「時々、胸が痛くなって、咳が止まらなくなるの。―――ごほっ、ゴホッ……」



 不思議な子だけど、根は優しいんだわ、と思いながら、咳き込みながらも簡単に病状を説明してあげた。
 ……そして、話を聞き終わったとき、女の子は突然私に歩み寄って―――



「えっ、な……どうしたの……」



 私にかざした彼女の手のひらから、暖かい光が溢れ出た。


 ヒューバートはぎょっとして私の傍を離れ、アスベルは興味津々に女の子の手を見つめている。
 ……私も、何をしているんだろう、と、他人事のようにぼんやりと光を眺めていた。
 七色の眩しい輝きは、どんどん強くなっていき―――あるところでふっと消えてしまった。


 ―――――そして、私は自身の体の異変に気が付いたのだ。



「……あ、ちょっとだけ楽になったかも……」



 折り曲げていた体を伸ばしても、―――再び咳き込む様子もない。
 さっきまで咳き込んでいた事による疲れは残っているが、ベッドで横にならなくても大丈夫だと思えた。
 私のけろっとした様子を見て、アスベルやヒューバートも感動したようだった。



「すごい……」

「それ、何かのおまじないか何かなのか?」



 おまじない……?
 確かに、一瞬で体調を治して見せたあの光は、奇跡とでも呼んでいいもののような気がするけど……。
 そのアスベルの言葉に、女の子は長い髪を揺らして振りかえってみせたけど、



「……わからない。シェリアが苦しいの……なくなればいいと思っただけ」



 そんな答えが返ってきただけだった。
 ……祈りの力、って事かなあ。

 女の子にお礼を言って、アスベルたちの勧めに従い、念の為その日は家でおとなしくしていることにした。








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(あの時のソフィのように………)



 あんな力が使えたら。
 ―――子供の頃から、あのときから、そう夢見ることが何度もあった。
 しかしあの力の正体は結局わからないまま、ソフィは亡き者になってしまった。
 ……習えるものなら、習っておけばよかったかなぁ…



(そうしたら……すぐにおじいちゃんを治してあげられることだって!)





 ――――その時、暖かい光が溢れ出た。




(え?)



 光の出所は―――自分の手のひら。
 慌てて、光の消えないうちに、おじいちゃんに向けてみる。
 おじいちゃんは、昔の私たちみたいに、何事だろう、みたいな顔をしている。

 そうして、私たちが見つめる中、光はだんだん収束していき、消えてしまった。



「あ、おじいちゃん! 安静にしてなきゃダメよ!」



 突然おじいちゃんが立ち上がったので、慌てて静止をかけた。
 でもおじいちゃんは、さっきまでの痛がっている様子も見せず、しゃんと背筋を伸ばして立っている。



「……いや……もう大丈夫だ。なんともないよ」

「―――え?」



 ぎっくり腰が、一瞬にして、治った……というの?
 強がりでもなんでもないようで、おじいちゃんはまたしゃがみこんで、今度は荷物を整え始めた。
 私も一緒に、散らばった荷物を一所に集める。

 ……どうして?



「あの光の……力だというの?」

「不思議な光だったな。戦場での救護にも役立ちそうだ……。何故今まで隠していたんだい?」

「……わからない。私にもわからないわ、今、急に手が光り始めたから……」



 でも、あの光を見たのは、初めてじゃない。



「……昔、あの子―――ソフィが、発作の出た私にしてくれた事に似てるの。この光……」





 そう言ってみて、ふと考えたことがある。





(ソフィが、私に力を貸してくれているのかしら?)


















――――――――――*――――――――――


 その力で、多くの人を救い続けた。




 光はあの時だけでなく、意志を伴えばいつでも発現するものらしい。
 おじいちゃんの提案で、前線の救護班にも混じってみたが、あの光はどんな大怪我も一瞬で治してみせた。

 ……いつしか、「戦場に舞い降りた天使」なんて、兵士方の間で祭り上げられるようになってしまったけど。






(そういえば、生まれつきの病気が治ったのも、ソフィが死んでしまってからだった……)



 なんだか、ソフィが後押ししてくれているように思えたのだ。

 皆に置いていかれ、独りで悲しみ続けるばかりだった私に、



 ……そんな私にも『出来ること』を、示してくれたみたいで。





(私は、この力で……ラントにいないみんなの代わりに、ラントを守っていきたい)














 そんな時、アストン様の戦死を聞いた。





 ラントのお屋敷は、深い深い悲しみに包まれた。


 葬儀を終えた後も、フェンデルとの戦いは続く。
 誰よりも前に立って、誰よりも敵を斬り伏せていったアストン様が、いなくなっても。



 私の中に、フェンデルと、―――アスベルへの、恨みが生まれた。



(どうして! どうしてこんな時にも……!!)



 ケリー様も手紙を出しておられた。
 戦況が厳しくなってきたので、戻ってきてはくれませんか……、と。

 でも、アスベルは帰ってこなかった。



(故郷の危機より、自己満足の方が大切だっていうの!?)



 いらいらした。

 いらいらして、いらいらして、いらいらして―――涙が、零れた。



(今、私だけじゃない。ラントの皆が、あなたの支えを待っているのよ……!!)

















――――――――――*――――――――――


「シェリア。お前が行きなさい」



 言われなくともそのつもりだった。


 アストン様がお亡くなりになってから、私はなんだか笑えなくなってしまった。
 いつもいつも、心のどこかが暗くて、暗くて……

 ケリー様も憔悴しきってしまわれて、いよいよ誰かがアスベルを呼び戻しに行くことになった。
 未だ戦いの続くラントから私がいなくなることを、兵士の方々は惜しんでおられたけど―――


 私は、私がアスベルを呼び戻しに行くべきだと思っていた。






 船の上で、王都を見据えながら、ばたつく髪を押さえる。



 本当は、きっと顔も見たくないくらい恨んでいるんだろう。

 でも、本当にそうなのか疑わしいくらい、



(アスベルに会いたい)



 その思いばかりが、大きくなっていった。










手紙を送れなかった。

―――返事はきっと来ないだろうし、返事が来なかったら、きっと私は立っていられないから。







王都へ会いに行こうとも思った。

―――でも、会ってくれないかもしれない、と思うと、どうしても怖くて、行けなかった。










アスベルは、私に会ってくれるかしら?



子供の頃、いとも容易く約束を破っておいて……。










(いいえ。会わないわけにはいかせない)












これは、運命が与えし大義名分なのだから。













本編開始直前シェリア。このあと王都でアスベルと再会します。
暗かったですね……ひたすら暗かったです。でも数々のサブイベとか本編イベント見ていると、
あそこまで暗くなっちゃうのはしょうがないんじゃないかなって思えてきました。
ていうかシェリアのサブイベ多すぎだろ。「空白の7年間」が全然空白じゃないんだが。
……フレデリックのシェリアに対しての口調を覚えていないので、確認しだい書き直します。(あれ