TOG 守られない為に
「―――そこまで! 各自、休憩を取れ」
その宣言と同時に、はぁあ、と、疲れか安堵かため息か判別のつかない息が口々に漏れた。
ウィンドル騎士学校の生徒達は、蜘蛛の子を散らすように次々と訓練場を後にする。
……彼らの様子を一通り見届けてから、マリクは自らも休息の為に自室へ向かった。
(……あれは?)
自室への道すがら、廊下に大きく開けられた窓から学校の中庭が見える。それなりの広さがあるので、庭というより小さな訓練場といった感じだ。実際、たまに生徒が訓練試合のようなものをしているのを見かけたりしたこともある。
―――その中庭に、一人の男子生徒がいるのが窓越しに見えた。
それだけなら何の不自然もないのだが、彼は休憩時間にも関わらず、案山子を立て自主練習をしている。
複雑な体術の組み合わせ、そこからすばやく抜刀し剣での連携へつなぐ―――
そのような特徴的な戦い方をする学生を、マリクは一人しか知らない。
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「はっ、たっ、……はぁッ」
最後に放った抜刀後の一撃で頑丈に造られた案山子の腕が片方折れ、そこで俺は我に返った。
ふと手元を見ると木刀が滑らなかったのが不思議なくらいに汗がべたつき、気づけば制服も汗まみれ、身体に張り付き――先ほどまではむしろよく動けていたと自分でも感心するほどだったのに――どうも動きにくいし気分が悪い。
制服の上着を脱ぎ捨て、そのままよく手入れされた芝生の上に倒れこむと、今まで止めていたのだろうかと思うほど気にならなかった呼吸が急に思い出されて、暫く荒い息を吐いていた。
…11歳なりによく考えてから騎士学校に飛び込んで以来、俺は数年、このような修練を積み重ねてきた。
無我夢中で剣を振るい、亡きソフィを忘れることを恐れるように彼女の使った戦法である体術の習得に励み、休息といえば食事と睡眠の時間だけ――それすらも誰よりも手早く、短くすませている。そして他の学生がお喋りをしたり城下町へ遊びに行っている間も朝から晩まで自主練習に費やするのだ。
はじめは街遊びへ誘ってくれる学生もいたのだが、いつも断られるとわかってからは、だんだんそういう奴らは減っていった。俺の方も別に、訓練より遊びに精を出す彼らのことを不真面目な学生だなんて思うことはなかった。
ただ、彼らにも俺にも同じ夢はあるが、
(俺とは目指す場所が違う―――それだけだ)
他の学生達は、ただ、騎士になりたいのだ。
誇れる役職、或いは肩書き、そういうものを得るために。
子供の頃の幼馴染みのように、寮生活で得た仲間と一緒に思い出を作りながら―――。
俺は、それこそ命を懸けるように騎士を目指していた。
強さの高みを目指していた。
もう誰も、俺の無力の所為で、失いたくないから―――。
そして力を得るためには、子供の頃のようなやり方ではダメだった……。
(……よし)
未だ息の荒いまま、それでも俺は時間が惜しく、跳ね起きると木刀を腰に留め、再び案山子と対峙した。
気づけば我流になっていた戦術は、だからこそ高みの限界がない―――
(もっと強くなるんだ。もっと、ずっと強く―――、っ!?)
幾度目かの連携のところで突然、案山子ではない何か獲物が割り込んできた。
咄嗟に硬い素材で出来ている靴の足裏で受け止め、一度体勢を立て直していると、間髪入れず次が来たので今度は抜刀して防御の構えを取る。
いちいち重い攻撃を何度か防ぎ、少しばかり相手に隙ができた所でバックステップ―――
…………しようとした所でふらつき、そこへ飛来した獲物に圧倒されそのまま尻餅をついてしまった。
仰向けに転がった俺の上を、訓練用の木製投剣が過ぎていく―――
小気味いい音を立てて持ち主の手に収まった投剣は、俺の首元へ突きつけられた。
「……全く、休憩を取らないからそんなザマになるんだ」
「教官……」
投剣を降ろし呆れ顔でため息をついたのは、マリク教官だった。
この前行われた合同訓練の後、俺の行動に何かしら思ったのか直々に稽古を付けてくれるようになってからは、俺は教官の戦闘技術はもちろん人柄にも憧れている。
教官のように強くなれたら―――
しかし俺と教官では力量差が著しく、追いつくどころか尊敬の念が強くなるばかりだ。
「今は休憩時間だ、休め。体がもたんぞ」
先ほども教官の下で訓練しており、休憩時間の宣言も聞いていた。
だから教官にはわかるのだ、俺が休みなしに修練を積んでいるのが……。
俺は起き上がって座ったまま、昼間の太陽を背負う教官を見上げた。
「しかし……俺は強くなりたいんです。みんなを守れるくらいに」
「そんなに根詰めて修練を詰んでも強くなれるとは限らない。むしろ休息を怠り身体を壊しては、守れるものも守れなくなるのではないか」
まずは自分の身を守れ。
尊敬する教官にそこまで言われても折れない意志を見せるように、俺は教官を見上げ続けた。
自分の身で手一杯じゃ、駄目なんだ。
むしろ、誰かを守れるのなら、俺はどんなに辛くても、どんなに危険でも、それをやる。
あの日のソフィを見ていて、強く後悔したこと、強く感じたことだった。
誰かを守る強さはきっと、ソフィのように命くらい懸けてみせないと、手に入らない。
(俺は、早く強くなりたいんだ。いつまた、危険が迫るとも限らない……)
「……何を焦っているのかは知らんが」
折れたのはマリク教官の方だった。……と思いきや、
「お前は上官命令に違反した。よってこれから罰を与えるぞ」
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「き、教官、どこへ……!?」
「金は持っているか」と唐突に聞かれたので、多少なら、と制服のポケットを叩いてみせたら、突然腕を引っつかまれて、教官はそのままずんずんどこかへ向かって歩き始めたのだった。
“罰”を与えに行かされるようなのだが、―――結局自主練習を中断された挙句、廊下をすれ違う生徒達に「何事だ」という目でじろじろ見られている時点で、個人的には既に罰は喰らっているような気がしている。
……それにしても、休憩しなかっただけで命令違反、というのは…と、内心では思っていたのだが、休憩は上官命令といえばそうだし、違反する意志を真っ向から見せていたのは自分なのでおとなしく引きずられていた。
「教官、そっちは学校の外では……?」
「聞けばお前、外遊びをする友達もろくに作ってないらしいな」
的外れな返事なのか独り言なのか、教官は呆れているのか怒っているのかという声で呟いた。
確かに、決して仲間はずれにされているとかいじめられているという訳ではないのだが、そもそも交友を深めるような余暇時間を取ってないので、周りの学生との付き合いは薄い。
しかしそれは、教官とは何の関係もないはずでは。
「何がそんなにお前を急き立てるのかは知らんが、―――子供らしくなさ過ぎる」
どうやら教官は、個人的に俺の生活態度が気に食わないようだった。
やがて教官がやっと立ち止まったのは、小ぶりな屋台の前だった。
夏真っ盛り、しかも太陽が頂点から射す一番暑い時間帯に、その屋台の前だけはひんやりとした空気が流れている。
屋台を飾っているのは―――色とりどりの氷の塊だ。
「な、なんですかこれ……」
「“アイスキャンディー”っていう氷菓子ですよ」
うっかり呟いた一言に、女性店員がにっこりと笑って答えてくれた。
……氷菓子……。そういえば昔、まだ平和だった幼い頃、初めて王都に来たときに「氷菓子屋を開くのが夢」だという少女とすれ違ったような気がする。
遠い記憶を掘り返している間に、教官は青い“アイスキャンディー”を2本購入し、1本をこちらに突き出した。
受け取って、汗を流すように霜が溶けた水が滴る“アイスキャンディー”をしばらくボーっと見つめていたが、「溶けるぞ」と教官に言われたので慌てて大口を開けてつっこんだ。
「どうだ、旨いだろう」
―――確かに、これを美味しいと言わずして何が美味しいのか、と思うくらい、美味しかった。
過大評価しすぎかもしれないが、少なくとも俺はそれくらい、この氷菓子に感動していた。
今日のような暑い日に口の中で氷を転がしていた事もあったが、ただの氷を食べるくらいなら、氷に甘さと様々な味(これはソーダ味だった)のついたこの“アイスキャンディー”を食べた方がずっといいだろう。
更に驚いたのが、食べた後に残った棒だ。見ると赤い字ででかでかと「あたり」と書かれており、なんだろうと首をかしげていると、
「わっ、お兄さん、記念すべき一本目が当たり!? おめでと〜う♪」
店員が明るく祝福してくれ、当たり棒と引き換えに好きな“アイスキャンディー”を1本もらった。薄黄色っぽいものを選んで口に入れると、ほのかにりんごの味がして、これも美味しかった(ちなみに残り棒は何も書かれていないハズレだった)。
食べる度に楽しみがあるとは! 暑さと自分の甘党さも相まって、俺はすっかりこの氷菓子が好きになった。
「こんな菓子が、いつの間に王都に……」
「王都に住んでてこの店を知らなかったヤツは、お前一人だ」
教官もまた2本目――オレンジ色をしていた――を食べながら、悪態をつくように呟いた。
「外にもろくに出かけないからこんな事も知らないんだ。お前はいつも憑かれた様に修練ばかりしているから、学校中の生徒がお前の身が持つか心配している」
学校中だなんて、周りとの交流の薄い俺にそんな事あるのだろうか。それとも、それほどまでに俺の生活が目立っていたのか。(……まあ確かに、学校中と言われても不思議ではないくらい、顔ぶれが多彩だった気もするが)
りんご味の“アイスキャンディー”を頬張りながら、俺は黙って教官の呟きを聞いていた。
「他人に心配をかけているうちは、自らは今、守られなければいけないような状態だという事だ。そして……
人に守られているうちは、人を守る事なんて出来はしない」
……その一言は、俺の心に鋭く突き刺さった。
そうだ。
『守られている立場』という無力さ、そこから脱するために強くなろうと決意した。
そして、俺はその為に人並み以上の修練を重ね、確実に強くなったと思う。
だが教官は、今の俺が『守られている立場』にある、と言った。
(何も変わってない……何も変わっていなかったんだ、俺は)
何も変わっちゃいない。
何一つ守れずに、守られてばかりだったあの頃と。
俺を知る生徒達が息抜きのために遊びに誘ってくれた事も、違った視点で見えた。ほとんど交流もないのに誘いに来るのは、それほどに俺が根詰めた無理のある生活をしているように見えていたのだろう。
それを教えるために教官がわざわざこんなところまで連れてきてくれた事を考えても、自分はまだ、誰かに守られているのだと痛感する。
(そして、守られていなかったら……俺はどこかで、志も半ばに倒れている)
「人を守るにはまず、守られないように、人に心配をかけなくすることから始めろ。“守られないために強くなる”のは、その後からでも遅くはない」
「……はい、教官。ご指南ありがとうございます」
そうやって、俺は素直に頭を下げた。
それからは、休憩時間をきちんと取り、気分転換も必要だという事で、外出の誘いもなるべく受けるようにするようになった。断り続けていたのでさぞ印象が悪くなっているかと思いきや、案外簡単に受け入れられ、親しく話せる関係の生徒も増えていった。
(教官が言うには、俺は性格と品のよさと容貌で、ほとんどの生徒に好印象をもたれているらしい。)
そして――― 夏も冬も、一日一回はアイスキャンディーを食べに行く癖もついてしまったのだった。
「……教官、そういえば“罰”って結局なんですか?」
「ああ、今日のアイスキャンディー、全部お前の奢りだ」
「えっ!? 俺もう2本目買っちゃったのに…って、教官それ何本目ですか!」
「ん? 当たっていないが4本目だ」
「……教官……おなか壊しますよ」
「ふっ、奢ってもらえるうちに食っておかなくてはな」
「うふふ、アスベルだっけ? あなたカッコいいから、また来るならツケといてあげてもいいわよ♪」
アスベルとアイスキャンディーの出会いの話。
……じゃなくて、「修練に励みろくな友達もいなかったアスベルの学生時代」が果てしなく気になって書いてしまった創作物です。そんな殺伐としたアスベルもカッコいい。
そのうちに、「帯刀術はソフィの追悼の為じゃないか」とか「ラムダを取り込むような自己犠牲精神は幼少期のソフィの守り方に影響を受けたんじゃないか」とか考え始めてしまって、
暑いしアスベルといえばアイスキャンディーだなとか思っちゃって、
教官とアスベルが会話する小説が書けてないなと気が付いて、
全部まとめたらいつの間にかこんなまとまりのない話に。(まとまってないじゃん
アイス屋さんの口調忘れちゃったのでテキトーです。