TOG 未練を残したセミロング
艶やかな、少しくせっ毛の赤い髪。
幼い頃は、背を隠すほど長く伸ばして、太い三つ網でまとめていた。
今は、……肩の間に少し落ちる程度まで、短く切ってしまった。
「そういえば、シェリア」
そろそろ、ラント西港にも着くだろうという頃だった。
しんがりを務めていたアスベルの声が、後ろから私の名を呼んだ。
程なくして少し足を速めたアスベルが、私の横に着いて、急な近距離にびっくりしたから、私は思わずアスベルからそっぽを向く。
……ああ、せっかく仲直りできたんだから、もうちょっと素直にならなきゃ、私!
「髪、切ったんだな」
なんだか急な話題に、逸らした視線を何気なくもとにもどす。
……髪?
「……ウォールブリッジで会った時に比べて、ということ? でも私、最近は切ってないわよ」
「いや、昔と比べて、さ」
「…………は」
昔?
昔って……あの、幼い日の、昔?
まだ皆が傍にいるのが当たり前で、平和な時を過ごしていた、あの、昔!?
「はああああっ!?」
思わず上げた大声に――少し先を行っていた教官や、ソフィやパスカルが、何事だ、という顔でこっちを見ている――、至近距離で聞いたアスベルは肩を震わせるほど驚いたようだった。
でも、でも、―――だって、大声も上げたくなるわ!
「さ…再会してからどれくらい経ったと思ってるのよ!?」
「あ、はは、ほらその―――忙しかったじゃないか、いろいろ。細かいことまで気が回らなくて」
「いくらなんでも鈍すぎよっ、しんっじられない!」
アストン様の戦死による急な帰還。
間近に迫るフェンデル軍への奇襲作戦。
そのまま会う暇もなく、或いは故郷を追い出され、或いは戦場救護に志願して。
使者として急ぐ旅路が終わったら、今度は誘拐事件に巻き込まれた。
……ゆっくり話せるようになったのは、確かに今が初めて。
それに、今までは間を漂う空気が悪くて、なんとなく、他愛のない話をする気になれなったこともある。
だけど、「言う暇がなかった」のではなく、さも「今気がついた」ように彼は言う。
な…難攻不落の鈍さだとは知っていたけど、そんなところまで鈍くなくたっていいじゃない!
思わず口癖が飛び出してしまうくらい、私はアスベルに呆れていた。
(きっともう、髪に思い入れがあるのは私だけなのね)
ラントのことを忘れ去った訳ではなかったことは、先ほど知った。
けれど、幼い日の小さな思い出は、彼にとっては軽いものだったのかな。
そんなことを、胸中で寂しく思う。
―――――――――*―――――――――
髪を伸ばしたきっかけは、日常の中の些細な一言だった。
原因は、本当に些細なことすぎて、忘れてしまった。
だけど、つまりは私とアスベルがいつものように小さな、ケンカとも呼べないケンカをしていたのだった。
私はその時、長く伸ばして三つ網にしていたたっぷりとした髪を揺らして、こう喚き散らしていた。
―――この髪を切ってしまえばいいんでしょう!
そこに、アスベルがこんなことを言ったのだ。
「切ってもどうにもならないし、―――髪の短いシェリアなんて、変だしな」
……その一言が。
私を荒れさせることはなく、けれど心臓がひとつ、高く跳ね上がる音がした。
都合のいい解釈かしら?
(長い髪が、似合っている……と、言いたいのかな?)
それは、恋する乙女の、都合のいい解釈かしら?
それでも、嬉しかったから。
とてもとても、嬉しかったから。
その日から私は、彼が褒めてくれた長い髪を、大事に大事にのばしていこう…と心に決めた。
髪を切ったきっかけは、平和を壊した大きな事件だった。
ソフィが死んだ。
それと同時に、ヒューバートも、アスベルも、私を置いて遠くへ行ってしまった。
……みんな揃って、ばらばらのところへ、旅立ってしまった。
アスベルなんて―――約束を破ってまで、故郷を飛び出していったのだ。
(約束したのに! どこへもいかない、って、約束……したのに……!)
とても悲しくて、
置いていかれた事が、約束を破られたことが、それ以後、何の音沙汰もないことが
とても、悲しくて。
(忘れてしまえば―――――悲しく、ならないかしら)
アスベルとの、思い出を、忘れてしまえば―――
アスベルも、私との約束なんて忘れて、出て行ってしまった。
私も、あんな人のことなんて、忘れたほうがいいんだわ。
そうして、彼の褒めてくれた長い髪に、自分でハサミをあてがった―――。
―――――――――*―――――――――
長い髪を褒めてくれたアスベルなら、一番に気がついてくれると思っていた。
頑なに切る事を拒み続けていた私を覚えてくれていれば、一番惜しんでくれると思っていた―――。
それは、その思いは、甘かったのだろうか。
「……戦場での救護活動に邪魔だったから、切ったの」
幼い日の想いを打ち明けるのが、なんだか気恥ずかしくて。
そう、嘘をついてしまったのだが、……その嘘に、アスベルは、ああなるほど、と納得したような顔を見せた。
そうだよな、シェリアは前線で働いていたんだ、動きにくいし―――
なんだか、寂しくなってしまった。
(私の勘違いだったか―――忘れてしまったんだわ、きっと)
長い髪を褒めてくれた、と思ったのが間違いだったのだろうか。
故郷を飛び出した時、故郷での些細な記憶は忘れてしまったのだろうか。
「でも、もったいなかったよな。似合っていたのに」
そんな物思いにふけっているところに、その言葉は不意打ちだった。
「え……っ」
鏡で見なくても顔が真っ赤であろう事は容易に想像がつく。触らなくても分かるくらい充分、頬が熱い。
そんな顔、誰にも見られたくなくて、さっと顔を伏せて両手で頬を包んで冷やそうと努力した。
―――幼い頃の解釈は、嘘じゃなかった?
―――あの頃は、素直じゃなかったけれど、今は素直すぎるくらい素直で……
―――ああ、何がアスベルをそんな風に変えてしまったのかしら!
教官とソフィ、パスカルは、私たちより前の方で、別の話に夢中、の様に見える。
「どうした?」と、突然顔を伏せた私を心配するのは、元凶の彼ひとりだけ。
や、ややこしくならならくてよかった……と思いながら、アスベルも片手で、なんでもないの、と振り払う。
艶やかな、少しくせっ毛の赤い髪。
幼い頃は、背を隠すほど長く伸ばして、太い三つ網でまとめていた。
今は、……肩の間に少し落ちる程度まで、短く切ってしまった。
そう。
切った、といっても、私の髪は、ショートと呼べるほどは短くない。
何故、少しだけ、長さの名残を残してしまったのだろう。
自らハサミを入れるほど、あんなに強く決意しておいて……
どうして、ばっさり切り落としてしまわなかったのだろう。
―――――幼い自分の心理が、今でも手に取るように分かる。
(結局……どこかで、期待していたんだわ)
ずっと焦がれていた想い人が。
嬉しかったあの、些細な一言が。
いなくなるまで、一緒にいられた、短くて長い時間の中の、小さな思い出の数々が……。
どんなにアスベルを恨んでも、彼を綺麗に捨て去ることだけは、出来なかった。
いつか、彼が故郷に帰ってくる可能性を、捨てきることは出来ずに、
心のどこかで、信じ続けていた―――
未練の残る、中途半端なセミロング。
爽やかな風が揺らしたそれを、手で軽く押さえて。
ちらり、と、一度は捨てようと思った幼馴染みを横目に見る。
昔と変わらない、まっすぐとした瞳だった。
「よかった。どうにか、日が暮れる前に港に着けそうだ」
顔を上げて、まっすぐに向こうを見やる。
近づいた港、その向こうに、―――煌く空と海が広がっている。
深い色を湛えた蒼い海に……、どこまでも赤い夕日が、沈む前の己の体を映していた。
(また……のばそうかな)
海のような深い青色を湛えた瞳に、長くたゆたう赤い髪を映した時、
―――彼はどう思うだろうか。
私は出来ればもう一度、―――幼い瞳に映した時のように、
……けれど、今度は素直に褒めてほしい、と密かに願っていた。
シェリアの中途半端な髪の長さから考えた、模造も甚だしい話。ラント西港に着く直前くらい。
……セミロングって言っていいですよね? そしてアスベルはシェリアの長髪は好きだったんだろうか。(模造点
アスベルは子供の頃の方が素直じゃないということに気が付いた。シェリアは今も昔も素直じゃない…苦笑
とにかく素直になったアスベルさんは女性への褒め言葉だって照れずにさらっと言いのけるはず。シングかよ。