TOI 運命とは転生輪廻


 轟音が響き渡る。

 広い、広い空に。天上に。



 天が地へと、落ちてゆく。

 ―――しかし、吸い込まれてゆくようにも見える。



 太陽も、月も、飽きるくらいに何度も落ちたり昇ったりしていた。





 轟音が鳴り止んだ。



 後には、浮かんだ城が残った。

 ……否、それと、いきもの―――竜が、ただ、一匹。




















 歩き慣れた城に、一人分の足音のみが空しく響く。



「天上が滅び、すべての神も死に絶え、ワシのみが生き延びた」



 竜神ヴリトラ。
 星と同じような年月を生き永らえながらも、未だ生ける竜が、そこにいた。

 ヴリトラは立ち止まり、空を仰いでいた。上を見ていた。
 下を見ても、見慣れぬ景色が広がるばかりだから。現実が、突きつけられるから。
 呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく、空へ溶ける。



「永遠と思える程の時の中で、これほど己の強靭な身体を恨んだことはない…。だが、とうとうこの身も朽ちる時が来た」



 誰一人、他人がいない世界。
 そこに、ヴリトラは存在していた。
 どれくらいか―――何百年―――何千年―――数えるのも億劫になるくらいの、長い、年月。

 “ヴリトラ”としての一生を、この孤独の世界を、やっと、終えられる。

 だが一つ、今生で気にしておかなくてはならないことが、残っていた。



「心残りはアスラ…」



 目の前の、一組の男女の石像に、悲しげな眼をやる。

 アスラ―――世界をあるべき姿に戻す偉業を成し遂げようとした直前、信頼に足ると思われた者に裏切られた、憐れな武将。
 今回の天上崩壊も彼の―――彼が信頼していた裏切り者の所業である。
 ……どうも、違和感を感じずにはいられないが。ラティオの願いはセンサスの消滅―――天上は滅ばない筈。
 今となっては、事実は深い輪廻の奥底。

 アスラは、彼の肉体は、目の前で石と化していた。折れた愛剣に貫かれた身体で、最期の瞬間まで愛し合った裏切り者を抱きしめるように、しかしその手には彼女を貫く愛剣の破片を握り締め。
 創世力が、アスラが天上統一の覇業を成し遂げ手に入れた創世の巨人の思いが、二人の石像を照らしていた。光が、彼らの悲しげな表情を際立たせる。
 ここで何があったのか。悲しげな表情の訳は。
 知る術も無く、ヴリトラはただ、彼と彼女を憐れむ事しか出来ない。



「その魂はいずこへ消え去ったのか…」



 彼の親代わりとなっていたヴリトラは、アスラの来世が気になって仕方なかったのである。

 輪廻転生の魂を以って生まれる天上に生きる神。
 死人の魂は元の居場所へ戻ろうと天へ還る地上。

 しかし天上はもう、無い。

 天上に生まれ、神であったアスラはしかし、転生の場を無くしてどう来世に生きると言うのだろう。
 せめて一目、もう一度、アスラに会いたい。我が子を、励ましてやるのだ。
 だが魂はどこへいかれるのか。
 天上は無い。転生はない。
 地上に魂は落ちたとしても、彼の地に転生の制度はないし、むしろ死人の魂は天上へ還る。どこへ還るというのだろうか。

 一人では、残っている創世力を使うことも出来ぬ。献身と信頼の証を立てたる者は皆、死した。
 天を再び戻すことは叶わない。







 世界のどこかに、産声が響いた。







 …産声!?
 はっとしたように振り返る、がもちろん、天空城には誰ひとりいきものは存在しないし、あとはただ空が広がるのみである。
 ヴリトラは、この産声を無視できずにいた。



「聞こゆるこの声は。この瞬き、魂の息吹はアスラのもの!」



 しかし…その声は天上に響くわけではない。だが魂の転生は地上ではありえない。ならばどこから聞こえる?
 暫く耳を澄ます。そして、驚愕した。



「地上!? もしやアスラの魂は地上に転生したと…」



 ありえない。
 けれど、ありえた。
 アスラの声、乳母であるヴリトラは聞き間違える筈はない。間違いない。彼は再びいきものとして、この世界に生を受けたのだ!
 ほっとした。と同時に、何故だかヴリトラは不安を覚えた。
 …世界がおかしい。そう、漠然とそう思ったのだ。
 天上の魂の地上への転生。ラティオの勝利で飾られた、ラティオの願いと反する終焉。刺されたアスラ、しかし刺し返されていた裏切り者。
 ……世界が、おかしい。
 だがもう、考える間もなく、ヴリトラの生は終わりを迎えようとしていた。





 願わくば。ヴリトラは呟いた。



「ああ、この魂も地上へ…。この哀れな我が魂をあの子の元へと導き給えよ…」














 そうして、ヴリトラは、ヴリトラの目を永遠に閉じた。





























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「ん、うぅ……ん」



 目を開けると、今ではすっかり見慣れてしまった、小汚い下水道の天井が見えた。
 薄っぺらいボロ布を跳ね除け、薄暗い周りを見渡す。
 おはよう、エルおはよう。眠そうな声で、まわりから挨拶が飛ぶ。



「ん、おはようさん」

「エル…どうしたの?」

「なんだかぼうっとしているみたい」



 挨拶を飛ばしてきた子供たちに囲まれて、“エル”は少し考えた。










 話してみよか。
 あの、よう分からん夢の事。

 最近あんな夢ばっかり見る。

 なんなのかさっぱり。
 天上いうトコが崩壊して。ウチはヴリトラっちゅう名前のでっかい竜でな。独りでずっと生き続けんねん。
 広い城で、何百年、何千年。



「…? よくわからない」

「エルにも分からない事なんて、僕たちには分からないよ」



 返事は、そればっかりやった。

 皆は、あの夢を見てないっちゅうことになる。
 そりゃあ、夢なんて人それぞれやと思うんよ。けどな、ウチは何か、予感がすんねん。“この夢、普通じゃない”ってな。

 なんやろ。親近感沸くねんなぁ。
 ウチ、親亡くしてしもうて、ずっと独りやった。今は孤児院紛いの母親役やっとるけどな。
 ヴリトラも母親やってんて。アスラっちゅうゴッツイ武将。どんな子かは知らんけど、ヴリトラの手ぇ焼かせとったんちゃうかなぁ。

 転生とか、創世力とか、よう分からんけど…。
 ヴリトラはあれから、アスラに会えたんやろか。



「ウチ、そろそろ行ってくる」



 行ってらっしゃい、行ってらっしゃいエル。
 子供たちに見送られて、ウチは重たいマンホールの蓋を退ける。
 眩しい朝日が目を焼いた。王都は朝靄(あさもや)がかかって、視界が悪い。

 悪いことせえへんと生きて行かれへん子供には、好都合の景色やった。

 生きてくためには、しゃあないねん。
 そう言い聞かせて、ウチはいつものコースを走る。
 ウチの手の中にに物が増えるたび、怒鳴り声が後ろから追ってくる。増えてく。それにあわせてウチのスピードも上がる。
 向こうが鬼の、鬼ごっこ。いつものことや。逃げるのは楽。

 靄(もや)も大分晴れた。
 これだけあれば、朝食昼食兼用では足りるやろ。
 家路ルートに変更―――。Uターンして、すぐに左に曲がる。真っ直ぐ戻ったら鉢合わせや。

 Uターンしたところで、目の前に人がいた。

 あっぶないなぁ!
 ウチがよけてやったんやけどな、「うわっ」ってよろけてコケかけとった。えらいトロトロしとって。あれ、もしかして走ってるんか? 歩いているようなスピードやけど…ってそれは言いすぎか。
 銀髪の、…ありゃボンボンやな。ええトコのピッシリした青いスーツ着て、黄色いスカーフ巻いててん。顔は…まあ、かっこいいっちゅうより、カワイイのほうがしっくりくるなぁ。決して不細工やないねんけどな。美少年…なんやろな。えらい内気そうな顔して。



(……あれ)



 ふと感じた違和感に、ウチは一回だけ振り返った。
 ウチと反対方向に走っていく内気そうな美少年は、もう小さくなってた。
 道具屋に向かっとるんやろか。港目指して全力疾走しとる。



(ウチ、どっかであの子と会った……―――?)



 んなわけないない。初対面やで?
 この街の子なんやろか。一回くらいすれ違ったんかも知れへんけどなぁ。

 …違う。本当に、話したり教えたり心配したり―――そういう“会った”事がある、なんや。





















 転生とか、創世力とか、よう分からんけど…。
 ヴリトラは、アスラに会えたんやろか。




















 それをウチがよう理解するのは、そう遠くない未来の事やった。



















「へえ…前世やったんやなぁ」






 “裏切り者”というのは、センサスにとっての(アスラを刺した)、と言う意味と、ラティオにとっての(敵将に惚れた)と言う意味の、両方を込めてあります。
 ヴリトラさんの話ばかりですみません。(_ _)なんか思いついちゃうんですよ。。。
 題名は、『運命とは輪廻転生』ではなく『運命とは転生輪廻』です。わざとです。“舞台が移り変わっても(転生)同じ運命を再び繰り返す(輪廻)”という意味を込めています。アスラがかつての仲間・敵と出会うことも、再び世界を揺り動かす鍵を握ってしまうことも。
 「違う」は「ちゃう」と読んであげてください。そして似非関西弁ですごめんなさいorz
 ……相変わらず話の趣旨がまとまってません。