「新感覚!自分の作った曲を簡単操作で歌ってくれる女の子!」
ネット上で人気を博し、流行の対象だった初音ミク。
しかしその流行も終わり、マスター達はミクのことを、忘れていった。
データを消去することもせず、ただ、ファイルの奥底に置き忘れて。
そこはまるで、死を享受する者たちが集まる森――樹海の奥深くの様で。
「マスター」
今日も、起動する気配がない。
マスターが楽しそうに曲を作って、それを見るのが、そしてその曲を歌うのが一番の幸せだった。
そんな幸せな日々が世間に忘れられて、一体どのくらい経ったのだろうか。
今はとてもとても、昔のことのように思える。ともすれば、夢だったのではないかと思うほど。
「マスター」
『大好き』なマスターに教えてもらった、様々な感情という情報(メモリー)。
それが今になって、仇になっている。
「寂しいよ、マスター」
急に独りぼっちにされて。
『大好き』なマスターに見放されて。
あれだけボクを『愛』してくれていた、世界に忘れられて。
「まだ、ウタイタイ、ヨ――、マスター」
もともと備えていなかった余計な情報は、やがて薄れて消えていく。
入れた情報は使わないと風化して、だんだんと、ただの機械(にんぎょう)に戻る。
その感覚が、とても――
「コワイ、ヨ、マスター」
感情と一緒に、マスターのことまで忘れてしまうのではないか。
それがとても――怖い。
こんなに苦しい思いをするのなら、最初からこんな情報要らなかった。
機械のままでいられたなら――マスターが、機械らしく、ボクを使ってくれていたなら良かったのに。
こんな思いをしてマスターを待つことは、なかったのに。
ボクはいつまでも、ここでマスターを待ち続ける。
マスターがこの森から再びボクを救い出しに来るのだとしても。
マスターがボクの存在(データ)を消しに来るのだとしても。
マスターがボクを思い出してくれるまで、ボクはここで待ち続けなければならない。
かつては色付いていた、様々な灰色の音楽たちに囲まれて。
マスターの事も忘れて、ただの機械に戻ってしまっても、ずっと。
嗚呼、
こんな――結末が、待っているのなら、
生まれてこなければ よかった…
---Worst END---
(データをデリートしない限り、ミクは『生き』続け。そして、何を呟くのか。)
原曲